スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

脳梁



一時期てんかん患者に対して施術されていた脳梁切断。
アクロバティックな論理展開による荒業ですが、患者は一見何事もなく日常生活を送るそうです。

そうなってくると疑問なのが、人間の意識の在りかについて。
左脳と右脳を分断されたなら、その人間の意識もまた分割されるのか?
理屈が通るなら一つの体に2つの意識が宿ることになるのではないか。

二重人格とも違う。意識が同時並列で存在するなら、もう人間的な行動などとれないのではないか。
しかし大抵の患者は少なくとも表面上は普通であるらしい。

例外もいて、自分の意識する行動とは別のアクションを半身がとるというパターンもあるようで(しかも行動それ自体は知性的なものもあるらしい)、ならばこれは意識が同時間に二つ存在していることの証明になる。しかも自分では半身の取る行動を理解できないというのだから、先程まで統合されていた意識の半身を認識できないような状況にあることを指している気がする。

ってことは、施術後一見普通に見える人も本人がそれと気づいていないだけで、知らず何か果てしなく大切なものを失っているということではないだろうか。
勿論、左脳と右脳と脳梁だけで脳が構成されているわけでもなく、他の部分との接触はあるし、その影響は無視できないくらい大きな要素だろうから簡単には結論付けなんてできないのかもしれないけど。

結局、意識と言うのは脳だけでつくり出されるものでもないんでしょうね。
脳と肉体という塊によって発生した上位的な存在が意識と呼ばれるものであって、たとえば脳みそだけを他人の体に移植して(無理なんだけど)目覚めた人間がもともと脳を保有していた人間であるとはとても思えないです。

ロボトミー手術だって、前頭葉の切除で人間を完全に飼い殺すことが出来るならば事件など起こりようがなかったはず。感性を失った後に理性が自棄的な行動を選択するのはなんだか興味深いです。

というようなことを、論考を読んでいて考えました。この本は間違っていると聞くけれど、ぱっと見完璧にしか思えなかったので、誤りがあるのだとしたら、それは人間によって捉えられる世界限界を言語によって出来る限り定義しようという前提そのものが間違っているんじゃないかと思いました。とにかく、とても難しくて全然わかりませんでした。




論考の解説本でも読まないと理解できないのかな。読んでも理解できる気がしないんですが。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

ASA

Author:ASA
FLAT LANDへようこそ
ゆっくりしていってください

最新記事
comments
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
counter
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。